2019年 クリスマス集会

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クリスマス集会案内チラシ
クリスマス子ども会案内チラシ

ほんとうのクリスマスを教会で…

「きょうダビデの町で、あなたがたのために、
救い主がお生まれになりました。
この方こそ主キリストです。」 ー 聖書 ー

12月22日(日)

クリスマス礼拝
午前11:00~12:00

クリスマスの讃美を歌い、聖書からメッセージを聞き、キリストの降誕を祝います。

クリスマス祝会
午後1:30~3:00

茶菓と軽食を囲み、讃美と短いメッセージの時を持ちます。日曜学校生徒による劇もあります。

クリスマス子ども会
午前 9:30~10:30

クリスマスの讃美、お話、クリスマスの工作などをします。

※どの集会も参加費無料です。

クリスマスは人を心の闇から救う救い主のお生まれ

クリスマスは、楽しい日のひとつかもしれません。しかし、楽しみそのものが目的となるとき、そこには結局欲望や失望、争い、無秩序もまた出てきます。楽しめたとしても、虚しさが残ります。しかし、本当のクリスマスは、喜びを求めながら、傷つけ合ったり、自分勝手に生きたり、空しいことに力を費やしてしまう、そのような私たちを救うために、救い主が来てくださった日です。このような自分の心に巣くう問題からの救いの必要性を、キリスト(=メシヤ)を待望していたユダヤ人の多くででさえ、気づきませんでした。けれども、クリスマスに家畜小屋でお生まれになったイエスこそ、私たちの心に巣くう真の問題、心の闇から救い出して下さる、希望の救い主なのです。教会で、本当のクリスマスの話を聞き、本当のクリスマスをともに祝いませんか。

クリスマスの私たちへのメッセージ
救い主の降誕は闇を照らす世の光

闇の中を歩んでいた民に

「闇の中を歩んでいた民は大きな光を見る。死の陰の地に住んでいた者たちの上に光が輝く。」- 聖書 -

クリスマスの時期になると、イルミネーションが街を美しく飾り、店は賑わいます。けれども、その見た目とは裏腹に、クリスマスを楽しめない人、孤独な人、自分の楽しみばかり求めて人を顧みない欲望に動かされ、駆け引きや争いが起きるなど、必ず暗い部分をはらんでいるものではないでしょうか。救い主の降誕は、そのさらに700年前に預言者イザヤが預言していました。その時代、イスラエルは物質的に豊かで、宗教的にも満ち足りていると感じており、彼ら自身救い主を求めてなどいませんでした。ところが人目につかないところでは、不正が横行し、弱い人が虐げられ、政治もゆがめられていました。また神に対しても儀式はさかんでしたが、その心は自分たちの欲望にまみれ、神を尊ぶ思いを失っておりました。御利益さえあれば良かったのです。

その彼らに神は愛をもって何度も警告しましたが、見た目には繁栄し、うまく行っていると思えた社会の中で、彼らは神の警告を無視し、自分たちの道を突き進みました。その彼らに待っていたのは、神の裁きと破滅です。北イスラエル王国は、アッシリヤによって滅亡し、ユダ王国も一度滅亡します。彼らの心の闇が、自ら破滅を引き寄せたのです。しかし、そのように自ら闇に向かって行ってしまう民を救うために、神は救い主を送る計画を告げられました。まだ、彼らが問題を感じず、救いなど必要ないと思っていた時にです。その救い主こそ、クリスマスにお生まれになったイエス・キリストでした。

闇の中に輝く光として来られた救い主

今の、私たちの心の中にも、この闇が巣くっています。よいものを求めながら、自己中心で、ゆがんだ求め方しかできない。そのような心の闇を、聖書は「罪(の性質)」と呼んでいます。この罪の性質のゆえに、人は良いものを求めながら、どこかでずれていく。自分にとって何が本当に幸いなのかを見誤る。それが人間です。たとえ、見た目をきらびやかに飾り、楽しい雰囲気を造り出すことができても、心の闇を照らすことはできません。しかも、その闇に対す解決を求める人は決して多くないのです。

人間が造り出した、はかない光ではなく、私たちのこころの闇を照らすまことの光である救い主の降誕を、ともに祝いませんか。